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かあさま。
かあさま、何処ですか。


―――御可哀相に。
―――おいたわしい。


かあさま、いるかは



「…さん、いるかさん!」


ズルリと全身が何か重いものに引きずり込まれる感覚から、 ふっといきなり身体が軽くなる。視界に広がるのは白いいろ。
―――ひかり。
荒い呼吸音と鼓動は己のものか。 霞む視界はぼんやりと、少しずつ自分の顔を覗き込む人間の表情の像を結んでいく。
そうして初めて、俺は自分が横たわっていることに気付いた。
身体が熱い―――いや、冷たい?酷く汗ばんでいる。
「熱はだいぶ下がったんだけど…まだつらそうだね。環境の変化がこんなに響くなんて」
幼子の面影を持つ青年は苦笑いを浮かべながら、てのひらを俺の額に沿うようにあてた。
「…なにしてるんだ」
掠れ、何かに浮かされたような声に、青年は更になんともいえない―――不思議な笑い方をした。
「こうしてね、熱を計るんだよ」
「…そうか」
いるかさんと、目を閉じた俺の名を青年が呼ぶ。
なんだかひどく、触れたところがあたたかくてきもちよくて、そのままとけてしまいたくなって。

だから、

たいち、と。

熱に浮かされた自分に名前を呼ばれ、 放り出された宛のない言葉を聴いた青年が何を思ったのか俺は知らない。

(どうか、)
(お前は幸せに。たいち)

(会いたいなぁ)

混濁した意識の切れ端で考えたのは、あの不思議な笑い方のこと。
なんだか、泣くのをがまんして笑っている子どものように見えた。



ばかだな。


涙を耐えることは大人の

証明ではないのに。







2010/02/17