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オールブルー。
―――天上の、青。



Heavenly Blue


「…やっぱり、か。」

冷たい石の表面を滑る、白い指。
静かに落とされた呟きに誰も言葉を返すことが出来なかった。
それは誰かに向けられたものではなく、ただの呟きであったので。




+++

さぁ、準備完了だ。
俺は、俺。いつだって。

「んナミさぁーん、ロビンちゃーん、ご飯ですよーっ! おらメシだクソ野郎ども!」
「メシ――――ッッ!!!」
サンジの夕食を告げる言葉に、ルフィがゴムの腕を使って船首からキッチンまで文字通り飛んで行く。 その勢いのままルフィはサンジに飛びつき、いつものように目を輝かせた。
「肉はっ、サンジ!」
「てめェはホントにそれしかねぇな、おい。まだ手ェ出すなよ、…って無視してんじゃねぇクソゴム!」
今にも食事に手を伸ばそうとしていたルフィをとりあえず蹴り飛ばし、サンジは他のクルー達をキッチンに招き入れた。
「レディ達や他の奴らが席に着くまで待ってろっつーの。ったく… で、またあのマリモ野郎は時間守らねェワケだな」
嘆息。
とことこと足元まで歩いてきたチョッパーが、サンジのエプロンの裾をくいと引っ張る。
「ごめん、サンジ。俺起こそうと思ったんだけど、起きなかったんだ」
「いや、悪いのはあのクソマリモだから気にするな、チョッパー。ありがとな」
礼を言って、笑顔を浮かべた。
ゾロと自分を除く全員が揃ったところで、サンジはエプロンを外す。
「ちょっとマリモ起こしてきますね、先に食べててください。  ナミさんロビンちゃん、今日のメインは新作なんだ、じっくり味わってね」
「そうなの?ロビン、ちゃんと自分の分は守らないとダメよ!」
「もちろんよ。コックさん、楽しみにさせてもらうわ」
「味はばっちり保証しますよ!」
ばちんと器用にウインクを飛ばし、ウソップとチョッパーに微笑みかけてやる。
「ちゃんと、あいつの分のメシキープしとけよ?」
「おお、俺に任せとけ!…ルフィ、その皿は俺のだ食うなー!」
「あああ俺の皿ぁ〜っっ!」
半ば戦場と化したキッチンを出て、数歩。
サンジは再び溜息をついた。
―――溜息をつくたびに幸せが逃げていくと言ったのは誰だったか。

暮れかかる空の下、ゾロはいつもの場所でいつものように寝ていた。
まったくもって、いつものことだ。
少し冷たくなってきた、やわらかな風が心地よい。
揺さぶってやったところで起きやしないのは判っているので、煙草を銜えたまま足を振り上げ――
そのまま甲板に静かに下ろした。
代わりに、みかんの木の下で仰向けに転がるゾロの直ぐ側にしゃがみ込む。
(コイツ、寝てねェ)
「こら、マリモ。タヌキの真似なんかしたって進化は出来ないぜ」
「…うるせぇ」
「メシだっつったの、聞こえてたんだろ。来いよ」
「…」
「チョッパー起こしてくれたんだろ?寝たフリなんかしやがって」
「ああ。悪ィ」
ああ、なんだかむずむずする。
…仕方がないのだ、これは。判っている。
この船のクルーは皆、優しい。そのことは、知っている。…けれど。
「言いたいこと、あんだろ」
「無ェ」
「嘘言え。そりゃウソップの専売特許だろうが」
「…」
「言えよ」

言ってくれ。

言って自分で驚いた。あまりにも弱弱しい声がしたので。
ゾロも、すこし驚いたような顔でサンジを見ている。
「…オールブルー」
剣士から出た言葉は、もちろん、サンジの夢。
「どうすんだ、お前」
ゾロが上体を起こし、そっと手を伸ばしてきた。
潮風に吹かれ続けて、少しパサついた金髪がさらりと揺れる。
「どうするもこうするも」
くっと、自然に笑いがもれた。
女性の為に浮かべるそれでも、仲間に対し浮かべるそれとも、もちろん目の前に居るこの男に対し浮かべるそれでもない。
自分を馬鹿にする為の、それ。
無骨だが優しい、暖かい手がサンジの頬を滑る。
大好きな、手だ。言ったことは無いが。
「サンジ」
「笑っちまうよなァ」

――――オールブルー。
天上の青。

「オールブルーが、あのとき俺を生かしてくれたのに」
「ジジィと、俺を繋いだ、夢が」
「…ああ、自分で調べてもしかしたらとは思ってたさ」
「オールブルーに関しちゃ、情報っていうと伝説のが多いくらいなんだ」
「空島だって、あったんだからって。…思ってたんだけどな」

母なる海。
魚だけではない総ての生命を抱く、深い青。
生命はその青から生まれ、そして還る。

「そのために、生きてェって足掻いたのに。」

――――死ななきゃ、見られねェなんてな。



なぁゾロ。
俺、ちゃんと笑ってる?

ゾロはただ黙って、サンジの髪に唇を落とした。





2005/02/05


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