" I love you, I love you ...... and I hate you very much in this world."
Finally, she said so and gave up my hand. She did, crying quietly. 溺れる魚 もの言いたげにこちらを見ている深緑の双眸。 それが在るのに気付いたのがいつだったのかなんてもう覚えてはいない。 *** 月の綺麗な夜、剣士はよくキッチンに顔を出す。 「ゾロ」 声も無く静かにキッチンへ入ってきたのは、確認するまでもなく三刀流の剣士だった。 「酒か?…てめェ明日にはアラバスタ見えるんだぞ判ってるんだろうな」 「あァ、判ってる。――お前は仕込み終わったのか?」 「俺?」 きゅ、と蛇口を捻ってさっとシンクを布巾で拭い、サンジは入り口のあたりに突っ立っているゾロに向き直った。 「たった今終了」 煙草をくゆらせながら宣言し笑うと、剣士の顔にもまた軽い笑みが浮かぶ。 仕込みの終わりを問うゾロの言葉は酒の誘い。 ルフィを初めとしたバカ三人が食い荒らした分の他に隠してあった最後の食料。 実際大した量は無いので仕込みにそう時間が掛かるわけも無かった。 「酒はどれなら良い」 サンジは戸棚の奥からいくつか保存容器を引っ張り出しながら、ワインラックの前に立ったゾロに答えを返した。 「そうだな、上のほう。つまみ持ってくから先に行ってろ、今日お前見張りだったか?」 「まぁな。上がってるぞ」 「んー、オッケ」 酒瓶片手にラウンジを後にした剣士を見送って、サンジは小さく息を吐いた。 夜、サンジがゾロと喧嘩をすることは滅多に無い。 昼間のような寄ると触ると緊張が走るなんて空気は一切無く、むしろそれは穏やかさしか孕まない。 サンジがゾロから酒に誘われるようになったのは、仲間になってまだそんなに経たない頃から。 いつだったか夕飯を食べ損なった剣士に夜食を作り、酒盛りに雪崩込んで以来、そう間隔を開ける事無く静かな宴席は続いている。 それも決まって、月の綺麗な夜に。 ぎし、と足元で綱のきしむ音がする。 頭の上につまみの入ったバスケットを載せたまま見張り台を覗くと、気付いたゾロがこちらを見て酒瓶片手ににやりと笑った。 「器用なやつだな」 「お前こそ毎度毎度感心してんじゃねェよ」 昼間のように悪態が巧く吐けないのは剣士のせいだとサンジは思っている。 ひょいと柵を越えると、ゾロが酒瓶を回してきた。 重さから、まだ半分以上残っていることがわかる。 見張り台で座り込んで飲む夜、ゾロはきまって二人で一本しか飲まない。 月明かりが眩しい。 満月には足りないけれど、半月よりも満たされた月。 バスケットを置いて、つまみと一緒に持ってきたグラスに半分程ワインを注ぐ。 ゆらりと揺れる琥珀色。 撥ねる月のひかり。 ―――まるで、溺れてしまいそうな。 手元に影が差したのに気がつき、サンジは伏せていた顔を上げた。 視界が消える。瞳を閉じたからだ。 静かに静かに、幾度となく重ねられる唇。 抵抗しないかわりに、サンジは手に持っていたグラスをコトリと床に置いた。 もう何度目かなんて分からない。 静かな、ただ触れるだけのキス。 ロロノア・ゾロという男のことをすきかという問いについて、答えはするりと出てくる。 ――― 「すきじゃない」。 それは一緒に航海をするようになってからも、背中を合わせて戦うようになってからも、 こんな穏やかな時間を過ごすようになってからも、変わりはしない。 けれど静かに重ねられる唇に嫌悪感を感じたことは一度も無い。 初めてのときでさえも、だ。 そのときも、ふと近づいた影にサンジはただ瞳を閉じた。 優しい口付け。 例えばきっと、母親や父親が子どもにするのはこんな優しさを含んでいるのかもしれないと思った。 実際サンジはそれを知らないので、真偽のほどは判りはしなかったけれど。 何故、と問うたのは剣士のほうだった。 何故受け入れたのか。 わからなかったから、首を傾げつつ「わかんねぇ」と一言だけ答えた。 以来ゾロは問いを投げかけてきていない。 問われても困るのは明らかだったから、サンジとしては有難かった。 そして自分も、突然与えられたキスの理由を尋ねることをしなかった。 他のクルーが知ったら驚くかな。 ぼんやりと、意味も無くそんなことを考える。 変態扱いされたら嫌だな、ナミさんやビビちゃんには嫌われちゃうかもしれない。 そう思う一方で、賢明な彼女たちはそんな理由で人を判断したりしないことをサンジは知っていた。 …ウソップあたりはとりあえず卒倒する気がするが。 海賊という生業においては、男同士で性欲処理するのだって別段めずらしいわけでもない。 過去、バラティエに居た頃にそういう意味で声を掛けられたことがあった。 もちろん、女性至上主義の自分としては丁重に蹴り付きでお断りさせて頂いていたわけだが。 ゾロは? わからない。 昔蹴り飛ばした男たちがしていたような、明らかな獲物を見るような眼。 サンジはゾロに、その影さえも見たことが無い。 深緑の瞳に映るのは、自分。 あるのはただ、確かな優しい温度。 ―――何故? 昔サンジが知り合ったレディは、キスは特別なものだと言っていた。 じゃあ、このキスは。 すっと離れた唇を追うと、月明かりの下精悍な剣士の顔が見えた。 昼間の鍛錬の最中にも、ルフィにまとわりつかれている時とも違う、どこか優しい光を宿した瞳。 いつもどおりの沈黙の後、ゾロは酒瓶に手を伸ばさないで代わりに口を開いた。 幾分逡巡したような様子を見せた後、言葉が音に変わる。 「―――手前ェに言っておきたいことがある」 何、と言おうとして声が掠れた。 2005/05/22 |