Please, please call me my name.
Only you are able to make me happy. 溺れる魚 お前の飯が食いてェなんて剣士の言葉に絆されたわけじゃないが、サンジはルフィが目を覚ます前に買出しと厨房の下見を済ませておいてよかったと思った。 結局三日間眠り続けた船長は目覚めると共に空腹を訴え、それこそ人間業ではない量の食事をたいらげてしまい、今では怪我など初めからなかったかのようにケロリとしている。 ルフィの復活は、宮殿へ滞在する理由の消滅を意味する。 夕食の前あたりから笑うナミの表情にに少し翳りが見えていたが、それは仕方が無いことだと誰もが判っていた。 だからサンジもまた黙ったまま入浴を終えた後に厨房を借りて、砂漠を越えた後状況が落ち着くまでのつなぎにすべく弁当を作ることにした。 ここアラバスタで知った料理や調理法を織り交ぜ、更に個人の好みに合わせ中身と量を調節する。 砂の国の王女であるビビがどうするのか、まだ判らない。 叶うならば共に行きたい、とクルー全員が――もちろん彼女も含めて、願っていることは疑い無い。 この国は彼女が愛するものだ。枷ではない。 だから彼女が海を選んでも、この国を選ぼうとも、どちらであっても彼女の幸せにしか繋がらない。 ぱくん、とどこか間抜けな音をさせて最後の弁当のフタを閉じて一息吐く。 サンジはエプロンを外して、脱いでいたジャケットから新しく煙草を引っ張り出し火を点けて―――その名を呼んだ。 「ゾロ」 厨房の出入り口がそっと開き、のそりと剣士が入ってくる。その腰に帯びているのはめずらしく和同一文字の一刀のみだった。 「弁当できたのか」 「おう。久しぶりだな、お前らに俺の弁当食わせるの。初っ端からルフィが詐欺に遭ったからなー」 「どうでもいいがこの国の動物の名前おかしいよな」 「そういうな、ビビちゃんの国だぜ。そんだけでまァ大抵のことは許せるぞ俺は」 ゾロがちっと小さく舌打ちをしたのを聞き流し、サンジは積み上げた弁当の山をぽんと叩いた。 「とりあえずコレ部屋に運ぶの手伝え」 「あァ?」 「ナミさんが言ってた相談の時間までちっと時間あるから。駄賃代わりにいいもんやるぜ?」 笑って足元から一本のボトルを引っ張り出し掲げてやると、ゾロもまた小さく笑みを浮かべてひょいと弁当の包みを取り上げた。 テラスへ出ると心地よい風が吹いていた。 それらが運ぶのはもちろんこの国の、微かな砂と水の香り。 腰を下ろすやいなやボトルの栓を空けた剣士に苦笑しながら、サンジもまたすぐ隣に座る。 煙草に火を点けながら空を仰げば、まだ昇り切っていない月が雲の無い空から街につめたい光を注いでいた。 「旨ェ?」 尋ねると、黙ってボトルに口をつけていたゾロが無造作にそれを差し出してくる。 受け取り一口嚥下すると、予想通りきついアルコールが喉を焼いた。 「お前にはきついんじゃねェか」 「だな。…てめェ向きの酒だ」 「すげェな」 再びボトルを攫い、どこか嬉しそうに酒を楽しむゾロに自然笑みがこぼれる。 そりゃそうだ。ボトルの正体は、サンジが厨房の下見をしていた時料理長からめずらしいものなのですよと見せてもらった米の酒。 夜の酒盛りのこともあって、気付いたら詳しくなってしまった剣士の好む米の酒は、行く先々で気をつけてはいるものの実際遭遇した数は決して多くない。 今呑んでいる酒は、いつかの晩に名前だけを聞いたいわゆる銘酒だった。 「ここで呑んじゃえよ、それ。その程度じゃてめェ酔っ払ったりしねェだろ」 「いいのか」 「は?」 「味わって呑めってお前いつも言ってんのに。しかもこれ珍しいもんじゃねェのか」 真面目な顔で言う顔が可笑しくてつい噴き出すと、途端に眉間に皺が寄りそっぽを向かれた。 「いいぜ」 「何が」 「呑んじまえ。また探してやるし」 「…」 「旨い、って言ったろ。だから、いいんだ」 な、と言って軽く肩を叩いた。外れていた深緑の双眸がこちらを向き、 あの夜から昨日までほとんど交わることのなかった互いの視線が交差する。 瞳を閉じる。 これまでと同じ、でもどこか違うやさしい口付け。 額と髪に唇を落とされ、サンジはけらけら笑いながら身を捩って離れようとした。 「お前酒くせェ」 「…酔っちゃいねェぞ」 「分かってるよ」 「分かってるならおとなしくしてろ」 そっと手を取られ、甲に口付けを受ける。 「…お前って結構恥ずかしいやつな」 「そうか?」 「おう」 「慣れろ。…俺は俺のしたいようにしかしねェ」 「―――この、」 黙れという言葉と共に再び唇を奪われた。 ゾロが触れる、その部分から欠けた何かが満たされていく感じがする。 何か、なんてサンジにはわからない。 泣きたいような苦しいようなそんな痛みを伴いながら、それでも剣士へと向かう何かを抱きしめる。 触れる温度が優しい。それを素直に、嬉しいと思う。 ―――繋がれた手は離されるもの。 知っている。そんなことは。 それでも今は信じられる手があるから。 抱きしめられる腕が気持ち良かった。伝わる体温と響く鼓動が二重になって不思議な感じがする。 もうすぐ約束の時間が来るのは分かっているが、眠気と心地よさの為か思考回路がどうも鈍い。 「寝るなよ、コック」 「…うるせェな。分かってる」 「一口で酔っ払ってんじゃねェぞ、おい?」 「酔ってねェ」 「寝たら襲うからな」 「…」 その時サンジはとりあえず上半身を起こして振り向きざまに力いっぱい蹴りを入れた。 正しい選択だったわねと、後にナミとロビンは笑った。 小さな頃から、願い事はたったひとつ。 ―――どうか、どうか。繋がれた手が離れることのないように。 2005/06/10 |