金色夢想
くいなが死んだ。 それでなくても薄かった、世界の色が消えた。 *** 日の落ちかけた道を、竹刀の入った袋を肩に掛けながら家路を歩く。 ほぼ毎日通っている剣道教室は、小学生は四時から六時半までだ。 ぶらぶらと揺れている胴着の入った袋に付けっ放しの時計は、現在六時四十分と少し前を示していた。 夏に比べて、少しずつ日が暮れるのが早くなってきた。 そうして少しずつ、二つ上の姉―――くいなの死んだ日が近づいてくるのだ。 くいなが死んでもうすぐ一年になる。 常に自分の先を行っていた姉は、結局一度も弟に勝ちを譲らないままあっけなく事故で逝ってしまった。 彼女が死んだ頃の記憶は今考えても曖昧だ。 当時のぼんやりした自分が認識していたただひとつのことは、もう彼女に勝つことは永遠に叶わないという事。 元は剣道教室に通い始めた姉にくっついて行き、成り行きで始めた剣の道ではあったものの、今の自分を支える唯一の物であることには変わりが無い。 ひんやりとした風が、うっすらと緑がかった短い髪をかき混ぜていく。 ―――キレイだね、夕焼け。 記憶の中、くいなと見た空は、思わず溜息がこぼれるほど本当にきれいだった。 うん、とだけ呟き、しっかりと焼き付けたその色は、今だって正確に辿ることも、きれいだと思うことも出来る。 しかし、今目の前にあるもの。 その総てが、自分になにひとつ与えなくなってしまったのに気付いたのはいつだったか。 最後の自分の涙は、彼女を亡くしたその日。 それを除いて、何かに心動かされたことはまるで無かった。 好きだった筈の剣は、いつのまにか振るう理由を失くしている。 ちら、と視界の隅で何かが光った。 夕暮れの、人気の無い公園。 「…なんだ?」 確かに今、何かが光った。 寄り道をしちゃいけないとは言われているが、公園は家への通り道に在る。 よし、と心の中でひとり納得すると荷物を掛けなおし、ついと足を公園の中に向ける。 さほど広くない児童公園を囲むように在る花壇を通り抜け、視線を走らせる。 「なにも、ねェよな」 呟き、小さく息を吐いた。見間違いか。疲れてるのか――― するとまた、ちら、と何かが見えた。 よく目を凝らすと、奥にあるベンチの陰になにか黒いかたまりがある。 真っ黒いズボンに、コート。 頭からすっぽりとフードを被り、膝を抱えて座っているようだ。 それにしても小さい。 (…ガキ?) ゆっくりと、大きな音を立てないようにして近づく。 「おい、何してんだ。もう6時半回ってるぜ」 体格から言って、まだ低学年だろうと見当を付ける。 ここらへんの子どもの門限は6時、遅くとも6時半が普通だ。 というのは、自分の住むこの町が、積極的に子どもを犯罪から守ろうとして少しずつ広がっていった地域のルールだ。 決して絶対的ではないが、それは基本的には守られている。 裏を返せば、その時間帯以降に歩き回っている子どもは自分のように習い事かクラブか。 もしくは。 「…シカトすんな、こら」 ぽん、と―――軽く、本当に軽く―――手で、フードに覆われた頭を叩いた。 その瞬間、小さな身体が、びくりと文字通り跳ねた。 同時にフードが外れる。 暗くなってきた空の下、うっすら映えるきんいろ。 (外人―――?) 身を小さく縮めながら、そのきんいろは震え始める。 よく見ると、頭には白い包帯が巻かれていた。 「大丈夫か、…痛いのか?」 かち、と公園の電灯が点き、きんいろは再び身を竦ませる。 そしてゆっくりと顔をあげた。 長めの金色の髪が、左目を隠してしまっている。 涙で一杯の瞳は、いつか見た海の色。 …なつかしい、その色。 とてもきれいだな、と。 自然にそう考えた。 2005/02/06 |