金色夢想
――――かちり、と。 再び、総てが動き出す。 *** 青い瞳の中に、見下ろす自分の顔が映っている。 だらだらと流しっぱなしだったらしい涙は、今は止まっている。 ジーンズのポケットからハンカチを取り出して、しゃがみ込み無言で目元を拭ってやる。 今度は身を震わせることもなく、じっとしていてこちらのなすがままだ。 湿ったそれを再びポケットへ収める。 視線の高さは、今は同じだ。 きんいろは、不思議そうな顔をさらして自分を見ている。 「なんだよ」 「…」 「なんとか言え」 「…」 嘆息する。 外国の子だから言葉が通じないのかと思ったが、だからってうんともすんとも言わないのはおかしいだろう。 身振り手振りでだって、会話は出来るのだから。 これは。通じない、というよりも――― 「お前、自分ちちゃんと帰れるのか?喋んなくてもいいから、首くらい振れ」 言うと、きんいろは大きな目を少し大きく見開いた。 驚いたような、そんな表情。 元がでかいもんだから、そんなに目開いちまって落ちねぇのかな、と思う。 やっぱり言葉が通じないんじゃない。 喋れないのか、喋らないのかは知らないが。 迷ったようにもぞもぞと動いてから、きんいろは首を縦に振った。 さらさら、金色が揺れる。 「遅いから、送ってやるよ。ほら」 立ち上がり、手を差し出す。 しかし、きんいろはその手をじっと見つめたままだ。 今度は、まるで何かおかしなものを見つけたような表情。 …おれの手は不思議動物か。 「おれは、剣道やってる。そこらへんのバカな大人よか、ずっと強ェ。だから、大丈夫だ」 なにが?――、と頭の中で問いかける自分が居る。 そんなもの判らない。安心させようと思っただけだ。理由なんて無い。 実際小学生の身の上とは言え、既に高校生とだってレベル的には手合わせが出来る自分だ。 まして素人ならば、大人であっても失神させて蹴り飛ばして逃げるくらいは出来る。 確かに今の自分はどうしても力は足りないが、それを補う技術と感覚があれは済む話で。 人間の弱い部分は、誰だって同じ。例外は無い。 それを知っているか知らないか―――要するに、それだけのこと。 差し出されたままの右手を見たまま、きんいろはじっとしている。 電灯の明かりで見えるその瞳は、何かに怯えるような色が見え隠れして。 少しして、おずおずと、小さな手が伸ばされた。 ぎゅっと手を繋いで、自分より一回りは小さい身体を立たせた。 思っていたよりもその手はひんやりとしている。 「…あったけぇ」 ぽつり、と自分ではない声が聞こえた。 きんいろが、自分を見上げてふんわりと笑っていた。 ああ、やっぱりきれいだ。 「お前の手が冷てェんだよ。行くぜ、どっちだ?」 手を引いて、公園を出る。 きんいろは黙ったまま、ぽてぽてと自分の右を歩いた。 時折、少しだけ手を引いて方向だけを示して。 「つぎ、右。…そこ」 いくつか角を曲がり、徒歩にして数分も無かっただろう。 見えたのは、看板。 最近出来たばかりの洋食屋。 確か母親が、近いうちに行きたいねと言っていた――― 「お前、あの食い物屋の子なのか」 「ああ、今日からな」 手を繋いだまま、きんいろは言った。 今度の声は初めや、道中の声よりも幾分しっかりしていた。 「食い物屋、じゃねェ。レストラン、…バラティエ、ってんだ」 「そうか」 なんだかくすぐったいような表情で、俺を見上げながらきんいろがゆっくりと言葉を紡ぐ。 「あのな、…」 「サンジィー!!!」 ぶっとい男の声がしたと思ったら、ばこんとすごい音がした。…自分の頭の上から。 音の後に、痛みが走る。 ズキズキと痛む頭を抱えながら目を上げると、この上なく人相の悪い男が立っている。 「うちのサンジを何時まで連れまわしてやがる!」 「やめろよ、パティ!」 きんいろが、大男の腕に飛びついて叫んだ。 「こいつは、俺のこと家まで送ってくれたんだ!」 2005/02/06 |