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誰にも言えなかった。
言えば、本当になってしまうような気がして。



Heavenly Blue


「『オールブルー』っていうのは、船乗り達の間で、…海の料理人達の間で言われているような現実に存在する奇跡の海のことじゃない。 ――ウソップとチョッパーは船に残ってたから、こっから話しとかないとな?」
穏やかに言われて、並んで座っていたウソップとチョッパーが顔を見合わせた。
確かに、彼ら二人は昨日帰ってきた五人から何も聞いてはいなかった。
何か手がかりが掴めたのか。それにしては、帰還したサンジを除く遺跡探索組の表情が硬すぎた。
だからなにがあったのだろうと思っても、質問会であるその次の日の夜――今までたずねることを我慢していたのだが。
「どういうことだ?オールブルーは、まさか」
おそるおそる、といったようにチョッパーが言葉を紡ぐ。
それをやんわりと遮り、サンジが言葉を続けた。
「オールブルーは、四つの海の魚が全部泳いでる奇跡の海。俺は前に、皆にそう説明した筈だよな。」
様々な折に触れて、サンジがクルー達に話してきたこと。
それは酒の席であったり、見張りに差し入れを持って行ったときの他愛の無い会話のうちのひとつだったりした。 そしてそれと同じように、この船に乗る者は皆、クルーの夢を知っている。
「それが間違いだってことが、昨日行った遺跡ではっきりしたんだ。オールブルーは、奇跡の海じゃない」

オールブルーは、『天上の青』。

「総ての生命が生まれ、還る海。」
「そりゃ四つの海の魚が居るなんて話にもなるな、なんてったって言ってしまえば天国のことなんだからよ」

ひゅっと、誰かが息を呑んだ音がした。
優しいなぁ。皆、優しい。
頭の片隅でそんなことを考えながら、サンジは話を続ける。
「確かにオールブルーはあるんだろう。でもそれは、今生きているこの『現実』には存在しない。死んで初めて行ける、見られる。そんな海だ」
キッチンを沈黙が満たす。
ふるふるとサンジは頭を小さく振り、「ごめん」と小さく呟いた。
どうして、とオレンジの髪を揺らしながら一つ違いの航海士が言う。
(そんなに震えないで。どうしたらいい?)
「…オールブルー見つけてさ、ナミさんやロビンちゃんや、クソ野郎達に美味いメシ一杯食わせるまでが俺の夢だったのに」
ちょっと、叶えられそうにないんだ。だから。
彼女の前のテーブルが濡れていることには、気付かない振りをした。
「で、でもよ」
世界で一番優しい嘘つきが、震える声で言う。
「遺跡って、…あそこで見つけたものが本当だなんて」
「うん、そうだな。保証はないって、思うだろ?」
確かに自分だって、自分で少しずつピースを集めているうちは信じられなかった。
唯の可能性の一つでしかないと言い聞かせて居たんだと、ウソップの目を見ながら告げる。
「ガキのころから、いろんなところのオールブルーに関する伝承やらなにやら探したよ。  一生懸命なんとか手に入れた本とかを、ジジィが隠し棚に持ってやがった時なんかはマジで腹立ったしなぁ。俺の苦労を返せ!ってさ。」
ゼフだってきっと、探したのだ。
同じ夢を持つ自分と同じように、もしくはそれに勝るような情熱でもって。
だからもしかしたらと思っても言えなかった。
そんなはずあるわけねぇだろうと怒鳴って欲しかったが、それは弱さだと知っていた。
そしてそれ以上に、言葉にしてしまえば本当になってしまいそうな気がして。
「十六の時にそれまで集めた噂、話、伝承、そんなのを全部ひとまとめにした。あのときは一ヶ月くらい徹夜した。最後の三日間くらいは泣きながらやった」
オールブルーは奇跡の海。
そのことに関する情報は世間でそうと知られているそれのみ。
グランドラインにあると言われているそれ以外は一切見つからなかった。
もちろんゼフの隠し棚から見つけたり、自分で集めたグランドラインに関する過去の本や記録を総て漁った結果だ。
その一方で浮かび上がってきたもうひとつの『オールブルー』の存在。
―――天上の青。
「それでも俺は夢を暖めつづけた。諦められるわけないだろ?大事に大事にしまいこんでた。ジジィに俺が貰ったもの返せたら、探しに行こうって思ってたんだ」
いつのまにかチョッパーがウソップのズボンに張り付いている。
ふるふると小さく震えて、…きっと嗚咽をこらえて。
「そんで、十九になって、そこのアホ船長とアホ剣士、長ッパナと麗しの航海士ナミさんが現れたってワケ」
自分の生命を助けた、養い親であるゼフに何も返せていないから。
船上レストランを離れたくなかった理由はそれだ。
でも、本当はもう一つあったのだと、サンジは初めて告白した。
「ジジィを言い訳にして、俺は怖がっていた。決定的な証拠を見つけてしまうことが何より怖かった。俺の夢が、ジジィに見せてやると約束したその海が無いかもしれない、その証拠を見つけるのが怖かった。」
けどな、とサンジは言って、笑った。
「俺はお前らについてくって決めた。夢を追いかけることにした。あの時はすっげェばたばたしててさァ、でも気付いたら新しい環境が当たり前になっててよ。不思議と違和感もなんもなくて、全くヘンな船だと思ったぜ。船長はアホだし胃袋底なしでマリモは光合成ばっかで時間守りやがらねェし長ッパナはきのこが食えねェとかほざきやがるしナミさんはお美しいし素晴らしいしなァ」
そして気付いたら、当たり前みたいに皆の夢を叶える瞬間に自分も立ち会えたらと思っていて。
「それは、チョッパーやロビンちゃんのことでも同じだぜ」
ロビンがうっすらと微笑みを返してくれたことにサンジは安堵した。
ウソップは目を伏せたままチョッパーのピンクの帽子をわしわしと撫でている。
チョッパー自身は動かない。
「グランドラインに入ってからも、情報はちゃんと探してたんだ。買出しの時とかにな。そんでも、なにもなかった」
そしてようやく見つけた『オールブルー』に関する情報。
それはサンジが怖れていた可能性の色を多分に含んでいた。
もうひとつの『オールブルー』。
怖かった、でも追いかけると決めたのは自分だから。
ナミに頼んで、オールブルーについてのヒントがあるらしいと言われた遺跡のある小島へ進路を取ってもらったのだ。 そうして古ぼけた遺跡にあったのは、ロビンの探している《真の歴史の本文》に繋がるポーネグリフのうちのひとつだった。 普通の人間では読み取れない文字で碑文の片隅に刻まれていたのは、オールブルーという名の天上の青にまつわるいくつかの言葉。
彼女が本物だというのなら、間違いは無い。
「…あァ、とにかくだな。俺は元々負ける確率の高い賭けをしていて、見事それに負けたってことだ」





2005/02/06


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