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出来るならばどこまでも、と。




Heavenly Blue


沈黙が船室を支配して数分が経った頃、ルフィが口を開いた。
「サンジ」
「なんだ?」
「どうすんだ、お前」
静かな船長の問い。ゾロは、ゆるりと目を開いた。

『どうすんだ、お前』

先ほどゾロも投げかけた言葉だ。 そのときサンジは答えを寄越さなかった。
クルー達は皆テーブルの側に居る。
ラウンジの壁に背を預けるゾロが、サンジから一番遠い位置に居た。
「俺は」
言って、料理人は一瞬息を詰める。
そのとき初めてサンジは目を伏せた。 青い青い瞳にクルー達を映すことなく言葉を続けた。
「もしもオールブルーを見つけても、船を下りるつもりはなかった。 多分俺の夢が一番遠いだろうと思ってたのは本当だし、 ナミさんが居れば何度だって来られるだろうと思ったし、ジジィにだって直接知らせてェ。 …それにさっきも言ったように、レディ達やお前らの夢のその行く先を見たいと思ってたから」
でも、とサンジは一度言葉を切る。
「…悪ィ船長、俺はまだ何も決めてねェ。残るか、下りるか」
「そうか」
それだけ返して、ルフィは立ち上がった。
同時にがたんと音を立てて席を立ったのはナミだ。
「どうしてっ!?」
「…」
「ナミ」
「ルフィ、なんで何も言わないの、なんでっ!」
振り返りルフィに言葉をぶつけるナミは、ぼろぼろと惜しむ事無く涙を零していた。
ナミの向こう側に居る夢を取り上げられた男は静かに微笑んでいる。
「どうして、泣かないのサンジくん……ッ」
とうとう堪え切れずに子どものように泣き出したナミの手を取り、ルフィはそのままラウンジから黙って出て行った。
次に動いたのは、ウソップだった。 泣き疲れ、沈黙の間に眠ってしまった船医を連れて「おやすみ」とだけ言ってしんとしたラウンジを後にした。
残ったのはサンジとゾロ。そしてロビンだ。
「コックさん」
初めに口を開いたのは彼女だった。
「お酒でも飲まない?剣士さんも飲むでしょう」
話を振られ、答えないまま立ち上がる。断る理由は無い。
「ゾロ、ワインラックの二段目の右から3つ目」
目を走らせ、ラックから一本引き抜く。ラベルを見てゾロは片眉を上げた。
「いいのか?」
「おう」
普段ならば飲ませてもらえないような一品だ。ゾロは少なくともこの船で見たことは無い。
「レディと飲むんだぜ?当たり前だろ」
「俺に飲ませるには惜しいってか」
「酒を水だなんて言いやがるクソマリモに飲ませる高級酒があるかってんだ。米の酒にはうるさいくせにワインとなるとガブガブ飲みやがる」
ぶつぶつ言いながらグラスを三つ取り出したサンジにボトルを手渡し、ロビンの隣の席を引いた。
二つのグラスにワインを注ぎ、そのままサンジはキッチンに立った。
「手前ェロビンちゃんの隣に座りやがって手ェ出したらオロすぞ」
「興味ねェよ」
「ロビンちゃんほどの素晴らしい女性に興味無ェとは何事だ!」
手を出すなと言うから興味が無いと言えば今度はそれを怒られる。そのまま黙っていたがサンジがきゃんきゃんわめき続けるので、ゾロはグラスを揺らしながらお前が居れば良いとだけ呟いた。
途端にサンジは黙り込みロビンは小さく笑う。サンジは向こうを向いているから表情はわからないが、いつもは白い首筋がうっすらと赤く色づいているのが見えた。
(これだからコイツをいじるのは面白いんだよな)
コトリと二枚の皿が並べられた。ゾロとロビンが好むつまみが一皿ずつ。
いつの間にか復活したサンジは元座っていた席に座ると、自分のグラスにワインを注いだ。
「美味しいわね、コックさん」
「でしょ?こないだの島で見つけたんだァ、喜んでいただけてサンジ幸せですvv」
改めて三人で乾杯し、しばしゆったりとした時間が流れた。

このメンバーの中で一番酒に強いのはゾロ、弱いのはサンジだ。
他愛の無い会話が続き、ロビンはグラスを二杯重ねた所でおやすみなさいと女部屋へ戻っていた。
「おい、コック」
「なんだぁ、緑ハラマキ」
「もうやめとけ」
「ああ?俺はまだ飲め」
ゾロはへらりと笑うサンジの手首を掴んだ。瞬間、穏やかだった時間が止まる。
青い目がゾロを映す。
そしてまた、サンジはふわりと笑った。
「どうして泣かないのサンジくん、だって」

なぁ、俺ってしあわせだと思わねぇ?

「みんな、やさしい」
ぽつりぽつりとサンジが言葉を紡ぐ。
心優しいクルー達。涙を見せた航海士と狙撃主と船医。
ルフィがお菓子を静かに食べるのも、ロビンのあんな悲しそうな顔だって初めて見た。
「だから俺、たとえば泣いたりしたら、罰が当たるような気がするんだ」

サンジが今笑いながら泣いていることに自分で気付いているのだろうか、とゾロは思った。




2005/02/07


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