あのふたりがそういう仲だと気付いてからそう経ってはいない。
Heavenly Blue ナミがそのことに気付いたのは全くの偶然だった。 あと一日で目的地である春島へ着くというある日の午後。 ほんの少し喉が渇いたのでなにか飲み物を貰おうと、ナミは気紛れにラウンジへと足を運んだ。 普段ならば丁度いいタイミングでクルー達に飲み物を持ってきてくれるサンジが見えなかったので、ちょっとしたお見舞いも兼ねて、だ。 春島のすぐ近くということもあり気候は穏やか。 ルフィもウソップもチョッパーも甲板で昼寝を決め込んでおり、ロビンはロビンで相変わらずパラソルの下革張りの厚い本に静かに目を走らせている。 (…食料、無理させちゃったのかしら) サンジはいつだって笑って「大丈夫ですよナミさん」と言うから、そういうときに実際どれだけ危ないのか、正確なところをナミは知らない。 たまに食事を抜いているようだ、という程度は既にクルー全員が気付いているが。 気にならないわけじゃない。そんなことはありえない。 しかし、彼はこの船の料理人だ。 だから何も言わない。誰も口出しは出来ない。 それは彼の領域だから。 勿論言ってもらえれば協力は惜しまない。そのための仲間だ。 ―――だから皆、待っているのだけれど。 キッチンを覗いてみたが、見慣れた黒いスーツは見えなかった。 いつだって頑張ってやりくりをしている料理人であるから、もしかしたら彼もこの陽気に誘われて眠っているのかもしれないと考え、ナミは少し笑った。 ぐるりと回り、船尾を覗く。 果たして彼はそこに居た。そして、その喧嘩相手の剣士もそこに居た。 最初に目に入ったのはつい先ほど取り込まれたのであろう真っ白なシーツの入った洗濯籠。 その向こう側で、ゾロが船室の外壁に背を預けいつものように眠っている。 探していた料理人は、剣士のすぐ隣でシーツにくるまり子どものように身体を丸めて転がっていた。 すうすうと寝息を立て、ぐっすりと眠り込んでいる。 (あー、やっぱりね) 何故サンジが喧嘩相手と言うにふさわしい男の隣であんな無防備に眠っているのかは判らなかったが、とにかくナミには日ごろ何かと用事を押し付けている自覚があった。 (島に着いたら買出しだし。ちゃんと休ませてあげなくちゃ、ね) だから黙って、その場を去ろうとしたのだけれど。 一瞬強い風が吹いた。 剣士がゆるりと深い緑色の双眸を開く。 それから、静かに手を伸ばして傍らにあったサンジの髪を梳いた。 当たり前のように、慣れた手つきでつい先程の風が乱していった金糸を整える。 壊れ物を扱うように、というのではなかった。 あの粗雑な剣士は高価だとわかっているグラスを持つ時でさえ注意を払ったりしない。 そうではなく、なにか――なにか、たいせつなものに触れるように、その指先は動いたように見えた。 「…ふぁ」 小さく欠伸をしながら、サンジがうっすらと海色の瞳を開く。 「ぞぉろ?」 「まだ寝てろ」 「んー……」 ほんの少しだけ上げていた首を元に戻し、彼はとろりと再び眠りに落ちていく。 初めてだった。 自分よりもひとつ年上の剣士と料理人の、あんな声も互いを見る瞳も。 違和感は無かった。ただ、ああそうかと思っただけだ。 はっきりと確信したのは、それからしばらく観察をした後サンジを見事に引っ掛けてからだったが。 何故仲間ではいけなかったのか。仲間のままでは。 何故彼らは『特別』を望んだのだろうと、ナミはずっと考えていた。 普段はともかく、戦闘においては何を言わずとも背中を預け合い戦う二人。元より互いに特別であった筈なのに。 自分達は海賊だ。欲しいものは手に入れる。それに関して、別段問題は無い。 だが、彼らの間にあるのがいわゆる普通の恋愛感情ではないようであることに気付いてからナミの脳裏で「何故」ばかりがぐるぐる回るようになってしまった。 それは例えば、自分が船長に抱いている淡い気持ちが単純なものだ、ということではない。 ただ素直に、「違うな」と思ったのだ。 ずっと不思議だった。 そう多くない二人だけの時間を、本当にゆっくりと優しく過ごす彼らが。 あんなに優しい、家族でない他人同士の愛をナミは知らない。 「…やっと判ったわ、ルフィ」 手を引かれラウンジを出た途端被せられた麦わら帽子。向かった先は見張り台だった。 ようやく嗚咽が止まり、今はルフィに毛布ごと後ろから抱え込まれている。 背中から伝わってくる体温が心地良い。 「んん?」 大きな月。濃い青の空は綺麗に晴れている。 「どうして、ゾロがサンジくんの『特別』になったのか」 「そうか」 先に手を伸ばしたのはどちらだったかは、既にサンジの証言から割れている。 「ゾロが放って置けない、大切だと思ったのはサンジくんだからで、サンジくんだったからゾロは『特別』になろうとしたのよ」 彼はいつもああやってきれいに笑う。笑わせてしまう。 仲間では、届かないのだ。自分達では、出来ない。 ―――優しい優しい、自分よりも他人を解する料理人までは届かない。 届けと、願ったのは剣士。 その剣士を受け入れたのは彼自身。 それは勿論彼が生来持っているお人よしに近い優しさからではなく、サンジ自身も自分には無い強さを持つあの男に惹かれていたから。 だからゾロから手を差し出されたときに、サンジは自分でもきちんと判っていなかった本当の気持ちを吐き出した。深緑の瞳を持つあの男だけがそれを成し遂げた。 彼らは彼らでなければならなかった。それだけのこと。 「ルフィ」 「んー?」 「サンジくん、大丈夫よね」 ゾロが、居るから。だから。 何が大丈夫なのか。判らない。判らないけれど、それでもナミは答えを知っている質問をした。 「大丈夫に決まってるだろ。あいつは俺達のコックだ」 ししし、と笑う声を聞いて、ナミもまた笑った。 2005/02/09 |