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"―――その青に愛されし子は"
"ちいさなひかりを掴むことをゆるされる"




Heavenly Blue


うっすらと空に光が浮かび始めた頃、ゾロの抱え込んでいた毛布の中身がもぞもぞと動き出した。
こんな日でもコックの体内時計は正確らしい。
サンジが眠ってしまってからは、寝づらいだろうと考えてラウンジの壁際まで移動した。『質問会』の間ゾロが座っていた場所。 常備してある毛布を引っ張り出し冷えないようにして、サンジを抱きしめたままただ夜明けを待った。
拘束をゆるめてやると、とろんとした目で「オハヨ」と一言。元々そう高くない声が掠れている。
やはりというか、目元は赤く腫れていた。
「目、痛くねェか」
「…ちっと痛ェ」
「お前が寝ちまってから気付いて、ちょっと冷やしたんだが。悪い」
テーブルの上の空になったワインの瓶の隣に、絞られたタオルが置いてある。
慣れねぇことしやがって、とサンジは笑いながら自分よりも広い肩口に顔を埋めた。
そのままゾロは金糸にキスを落とす。
「さぁて、飯の支度しねェとなあ」
「何だ、朝飯」
サンジはするりと毛布を抜け出し、スーツの上着から煙草の箱を引っ張り出した。
「どーすっかなぁ、今朝は皆起きてくるの遅いだろうしな。すぐあっためられるモンのがいいか…
仕込みもしてないし、出来るの遅くなるぜ。お前、寝てないんだろ?」
ああ、と頷くと、料理人はやっぱりな、というような顔をして静かに煙を吐き出した。
「寝てこいよ。俺、支度するわ」
「おう」
「…いや、だから」
「あ?」
そのままの場所で刀を引き寄せて睡眠体勢に入ったゾロを見て、サンジは不思議そうな顔をした。
「飯の支度するっつってんのに。ここで寝るのか?」
「ああ」
「水の音とか包丁の音とか、結構響くんだぜ。まぁ寝太郎剣士には関係無ェのかもしれねぇけど」
「さらっと毒吐くんじゃねェクソコック。んなこた知ってる」
料理を作る水の音や包丁の規則正しい音を、ゾロは嫌いではなかった。
優しく響くその音は故郷を思い出させるそれであり、また目の前にいること自分自身に関してはこれでもかというほど疎い男が奏でるものだから。
「ま、いーや。食いたいもんあるか?」
「…味噌汁」
「了解」
くしゃりとゾロの緑の髪を掻き混ぜてサンジはにかっと笑った。 寝る場所云々に関しては判らなくてもいいと判断したのだろう、サンジの黒いスーツの背を見送り目を閉じる。
―――蛇口を捻る音。水が流れ、リズムよく柔らかい音が響きキッチンを満たす。
目を閉じたままでも浮かぶ、キッチンに立つその背中。

お互い、素直にものが言えるような性格ではないから、例えば「好きだ」と言葉にしたことはまだ仲間としか見ていなかった頃の一番最初を含めたところでほんとうに幾度かしかない。
勿論、言葉など不要なのだと思うほどゾロはサンジを判っていない。サンジもまたそうだろうと思う。
ただ日常レベルにおいては、言葉で伝えるよりも触れる温度抱き合うときの熱、互いを映す瞳の色が総てを伝えていると半ば本気で信じているあたり、自分は確かに獣かもしれない。
己が言葉を扱うことが得手ではないことを悔やむなどということを、ゾロはこの船に乗ってから初めて経験した。それは言うまでも無く、あの男に関することに限り。
大切なことはきちんと伝えなければ届かない。それは知っている。昨晩のあれがそうだ。

少しだけ重いまぶたを持ち上げると、ゾロの深緑の双眸に痩身が映った。
くるくると機嫌よく調理台の前を動いているのを確認してから再び目を閉じる。


あの金色は、危うい。

普段はあれだけ口が回り気遣いも出来るくせに、自分の事となると途端に不器用になるあの男。
己にとって価値あると認識した人間はとにかく守ろうとする。自分を大切にしないわけではない。
相手のほうが優先順位が上なだけだ。
それが時に奴にとっての『大切なもの』――例えば彼の愛するクルー達だ――を傷つける。
最近そのことをようやく理解し始めたようであったが、やはりこういう特異な事態ではどうにもならなかったらしい。 自分で自分がどうしたいのか見つけられない、それ以前に自分の気持ちがついてきていないのであれば仕方ないだろう。
(…食料不足程度なら、大分マシになってきたんだがな)
食料が危うくなった時に自分の食事だけを極端に減らすことがなくなっただけ、とりあえずの前進はしている。
別に根本から変われとは思わない。
そもそもゾロが惹かれたのはサンジ以外の誰でもないのだから。
ただ、もうすこしだけ自身を大事にしてほしいと思う。思っていた。
一番近くに居たいという願いは自分の気持ちを自覚して以来の確かなものだし、サンジにもそう伝えた。 けれど、野望を秘めた身の上ゆえに、ゾロはただ傍らに在るというだけの約束さえも出来ない。
それは青の名の夢を持つ彼もまた同じことだった。

―――だからこそ、せめて。

いつもどおりに、金色を揺らして。何処に居てもいい、ただアホみたいに笑ってくれていればと。
そう、思っていた。
そこまで考えたところで、ゾロは意識を手放した。





2005/02/08


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