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"ひかりが天へ届くとき"
"そのちいさな灯りは、青の祝福を受ける"




Heavenly Blue


サンジはばらばらと起きてきた船員達に朝食を出していった。
キッチンへの一番乗りはもちろん匂いにつられたルフィ。
「おはようサンジくん」といつものように微笑んで、船長と一緒に現れたのはナミだった。
――続いてロビン、ウソップ、それからチョッパーが順番にやってきて。
わいのわいのと決して静かでない普段どおりな食事風景が展開されるのを無視して剣士は眠り続けていた。目元を赤くしたウソップが「出航は明日だってよ」と言って最後にキッチンを出て行くなり、ぱかりと目を開いて一言「腹減った」と呆れ顔の料理人に告げたのがつい先刻のこと。
「ごちそうさまでした」
「ん。皿は流しに入れとけ寝腐れ剣士」
くすくす笑いながらシンクの前で紫煙をくゆらせる。
少しむっとした顔をして、でも黙って食器を運ぶゾロが可笑しくて仕方なかった。
顔をしかめたままゾロはサンジの前に立つ。
「なんだよ」
「いや?なんでもね」
そらとぼけて答えると、笑ったお返しとばかりに剣士の大きな手がその金髪に伸ばされた。そのままぐしゃりと掻き回される。
「…俺の美しい御髪に何しくさるクソ野郎」
「自分で言ってんじゃねェよ」
ふいに首筋に顔を埋められて首を竦めた。短く刈られた緑色の髪がくすぐったい。
耳元で、ゾロが大きな溜息をこぼすのが聴こえた。
「人様の耳元で溜息吐くたァいい度胸だなおい」
「しょうがねェだろ」
「何がだよ…」
ただ肩に頭を乗せられた状態で、今度はサンジが溜息を落とした。こうなってしまったら、ゾロは自分が満足するまで動かない。

サンジだって判っている。自分が、気にされていることくらい。
右手に持っていた煙草を揉み消して、きれいに筋肉のついた肩にそっと両腕を回してみた。
拒絶されないことはもう知っている。それでもまだ、手を伸ばすのは少しだけ怖い。
ぽんぽんと首の付け根あたりを叩いてやりながら首を捻った。
(何甘えてんだか、…筋肉マリモめ)
広い広い肩。続くのは、傷の無いがっしりとしたその背。
おそらくこれからもっと体格差は広がるのだろうとサンジは思う。
剣の道において、世界一になる為に生まれたと言っても間違いではない男だ。
生え抜きの料理人である自分とは、同じ性を持っているとはいえ違って当然。 仲間になったばかりのころはそれなりに悔しさもあったが、それも気がつけばサンジの中から消えていた。
今ではむしろ、自分の作る料理がこの男のからだを作り上げているのだと考えると、なんだか背中がくすぐったくなってくる。
触れている部分が、相手の熱を自分に伝え自分の熱を相手に伝える。
ほんの少しのものであるのに、その部分から身体全部がふわりと温まるような優しい温度。
抱き合うことはもちろん嫌いではないが、サンジは回りが考えるよりもそういう面に関しては淡白だ。
確かに相手しか見えない時間もあっていい。
他に、何も考えられなくなるほどの。
それでもやはり、無骨なこの男が慌しく動き回っている自分を見ているときの瞳や、自分に触れるときの、その手の感触の伝える熱がとても好きだと思うので。

「ぞぉろ」
「――」
「ルフィと、話してくる」
――ぴくり、と剣士の頭が揺れた。
「どうするのか、考えた。自分がどうしたいのか、とか。だから、言ってくる」
「判ったのか」
ゾロがサンジの肩口に顔を伏せたまま喋るものだから、耳の直ぐ側から低い声が響く。
心臓に悪いからやめてほしい、と思いながらサンジは笑った。
「あのな。自分のことだぜ?…泣いたりとか、メシ作ってる合間とか。考えた」
「そうか」
「おう。自分で決めた。だから、いいんだ」
「判った」と呟いて、剣士は今まで下げたままだった手をサンジの背に回した。
「おいこら。あのなァ、さっさと済ませて昼飯の支度してェんだけど?」
その後には、船長の大好きなおやつの準備も待っている。
確かに本日のメニューは、普段よりも軽いものではあるのだけれども。
柄にも無い声で「もう少し」と言われて、今度はさっきよりもゆっくりと溜息を落とした。瞳を閉じる。




たとえばあいしていると言葉にして、どれだけ届くのだろう。
どんなに言葉を重ねたところで、この熱はいくらも届きはしないのだ。
今傍らに在るこの存在がどれだけ自分を自分たらしめているのかを考えると気が遠くなる。
届かない。繋がらない。交わることの無い平行線。

――――なんて、甘い痛み。





2005/02/09


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